<Kのつぶやき>人の手で花は咲く!

皆さま、あけましておめでとうございます。

そして、年始に起きました“能登半島地震”~“JAL機と海上保安庁機の衝突・炎上事故”~“福岡・北九州市の繁華街で起きた大規模火災”と2024年の始まりは、ニュースが独占するような状況となり、この場をお借りして発災による被災された方々にはお見舞いを申し上げると共に、お亡くなりになりました方々へのご冥福をお祈りいたします。

自分が経験した災害ですと、東日本大震災。この際は、東京での被害も多く、当時はちょっとだけ官公庁関係の仕事もしておりましたので、震災後もいろんな場面で関係することがあり、(この時期には他界した母の介護もしており、、、、。)なかなか、日常に戻ることができなかったことを思い出します。当時は復興・復旧に関することへの依頼事も多く、あちらこちらに協力要請を行っていたことを今でも記憶に残っている。

また災害とは別ですが故安倍晋三元首相の事件では、“強烈な安倍支持者!”ではありませんが、戦後からだいぶ年月が経過し、近代化が進んだ日本において、多くの人が集まるような場所であのような暗殺事件(しかも銃による暗殺)が起きたことがただただショックで、1週間くらいは茫然としておりました。

しかし、凹んでいるばかりでは自分ももちろんですが、被災された方々が復旧・復興するにも何も進まない!と思い、今週からなんとなく平常に戻れるように気を張っております。そんな時に思ったのが、実は年末に“幼馴染宅の花壇”の手入れに行ったのですが、“ん?”と思うことがありました。

しばらくは幼馴染が日本に帰国しておりましたので、私が手入れをしていなかったのですが、年末に花壇にたくさんの花びらが落ちており、ふと頭を上げると3本の木に花が溢れんばかりに咲いておりました。

幼馴染曰く
「自分もビックリした!もう10年以上、花なんか咲いたことがなかったのにぃ~!」と。

“あ!”と思った私は、幼馴染に
「たぶん、夏に花壇を頼まれたときに、花壇の土を出来る範囲内で全て耕して肥料を入れたんだよね~。花苗を植えるためにね。それなんじゃね?」と。

全く園芸に興味のない幼馴染は、
「え? そんなことでこんなに花って咲くの???」と。

おそらくそれしか考えられません。また、私が花苗を植えたことで、私も幼馴染不在の際には定期的に水を上げに行っているので、幼馴染宅の花壇も循環が良くなったのでしょうね。

本来は自然の中で育つのが一番なのでしょうが、すでに開発という人の手が加わって誕生した現在の草花は、人の世話が必要になるのでしょう。しかし、手をかけたことでとてもきれいな花を10年以上ぶりに咲かせたのです。

たぶん“さざんか”の花なのだと思うのですが、とてもきれいであると共に、その量が凄いんです。所狭しと大量に大輪を咲かせてくれました。家主ですら“花が咲くことを忘れていたさざんか”。人の手が入り、人との対話から元の状態に戻ったのです。

そう。復旧・復興も同じなのだと思います。

嘗て、東日本大震災後にイベントを担当するのにあたり、宮城県で地元の方々にお聞きしたのは“復興ではなく、復旧したいんです!”という話でした。最初、私にはその相違がわかりませんでした。

「どういうことですか?」と聞くと

「復興は、街は綺麗になるでしょう。でも、そこに住んでいた人々の生活が変わってしまう。だから、もともとの住民が元の生活に戻れるように復旧したいんです!」というコメントだった。話してくれた方は、私の目をしっかり見て話しをされていた。

なので、私も
「では、何をすれば復旧になりますか? 東京から来た私が“こんなのどうですか?”ではなくて、皆さんがどうしたいか?そして、それをどうやったらできるか?をお聞きし、実行案を我々が考えるのでどうでしょうか?」と、お話させていただきました。

結局、切磋琢磨してイベントは成功裏に終えることができましたし、何よりも関係した宮城県の事業者が前を向けてことが今でも鮮明に記憶に残っております。

どうか、被災された皆様も明日をそして未来を見据えて、自分達の描く復旧をデザインしてくださいませ。

拙い文章になってしまい恐縮です!
人も植物も同じ、人との対話が必要であり自然は強いです。

 

this blog written by T.Kanemaki
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